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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1506号 判決

原告 協立信用金庫

被告 佐藤奨 外一名

主文

一、被告佐藤は原告に対し、別紙目録の建物につき昭和三十二年二月五日の代物弁済による所有権移転の本登記(東京法務局中野出張所昭和二十五年八月十八日受付第一六八八〇号で原告(野方信用組合)のためされた、同年六月十四日の契約による原告のため乙区五番に登記した抵当権の債務を期限に弁済しないとき代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記に基くもの)手続をすべし。

二、被告佐藤は原告に対し、別紙目録の建物を明渡し、かつ昭和三十二年二月十六日から右明渡ずみに至るまで一カ月金二千四百四十三円の割合による金員を支払うべし。

三、被告佐藤は原告に対し、金二十六万五千円と、これに対する昭和三十二年一月十八日から完済に至るまで金百円につき一日六銭の割合による金員を支払うべし。

四、被告渡部は原告に対し、別紙目録の建物につき東京法務局中野出張所昭和三十年五月十九日受付第六八九〇号で同月十七日の東京地方裁判所仮登記仮処分命令に基いて同被告のためにされた、昭和二十七年一月二十七日の売買による所有権移転の仮登記の抹消登記手続をすべし。

五、訴訟費用は五分し、その四を被告佐藤の負担とし、その一を被告渡部の負担とする。

六、この判決は、第三項に限り、原告が、金五万円の担保を供することにより、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一ないし第四項同旨及び訴訟費用は被告らの負担とする旨、かつ第二、三項につき仮執行の宣言つきの判決を求め、請求の原因として、かつ被告らの抗弁に対して、次のとおり述べた。

信用金庫法による信用金庫である原告(もと野方信用組合)は昭和二十五年六月十四日被告佐藤に対し、金十万円を、弁済期同年十二月十四日、利息百円につき一日四銭五厘、期限後の損害金百円につき一日二十銭と定めて貸与し、その担保として同被告所有の別紙目録の建物に抵当権の設定を受けるとともに、同被告との間に右債務の履行を遅滞するときは右建物の価格を右債務額と同額とみなしてこれを右債務の代物弁済として収得することができる旨相約し、前者につき東京法務局中野出張所昭和二十五年八月十八日受付第一六八七九号で抵当権設定登記を、後者につき同出張所同日受付第一六八八〇号で所有権移転請求権保全の仮登記を経た(債務一部の履行遅滞の場合でも本件建物を代物弁済としてとることができること、もちろんである。その場合には十万円と債務残額との差額は原告の不当利得となると考える。)

ところが、被告佐藤は原告が履行を猶予したさいごの期日昭和二十八年九月十五日が過ぎても残元金五万円の債務を履行しなかつたので、原告は、昭和三十二年二月四日発翌五日着の書面で、同被告に対し、右建物の価格を右債務額と同額とみなしてこれを右債務の代物弁済として取得する旨の意思表示をした。これによつて右建物の所有権は原告に帰属した。

よつて被告佐藤に対し、右建物につき右代物弁済による所有権移転登記手続(右仮登記に基く)を求める。

また被告佐藤はその後も何らの権原なくして右建物を占有して原告の所有権を侵害し、原告に対し相当賃料額の割合による損害を与えている。その相当賃料額は右建物の昭和三十二年二月当時の停止統制賃料一カ月二千四百四十三円である。

よつて被告佐藤に対し、所有権に基いて右建物の明渡を求め、かつ昭和三十二年二月十六日から右建物明渡ずみに至るまで一カ月二千四百四十三円の割合による損害金の支払を求める。

原告は昭和二十八年八月十二日の準消費貸借契約により、被告佐藤に対し、金二十六万五千円を、弁済期同年九月二十日、利息百円につき一日四銭五厘、期限後の遅延損害金百円につき一日六銭と定めて貸した。すなわち、原告は、昭和二十八年四月二十七日、被告佐藤から裏書交付を受けて割引いてやつた金額二十六万五千円、満期同年七月六日、振出人足立商工株式会社、裏書人被告佐藤なる約束手形が満期に不渡になつた関係で、裏書人たる被告佐藤に対し右手形金につき償還請求権を取得した。原告と被告佐藤は右につき前記準消費貸借契約を締結したのである。

よつて被告佐藤に対し、右金二十六万五千円と、これに対する昭和三十二年一月十八日から完済に至るまで金百円につき一日六銭の割合による損害金の支払を求める(なお右二十六万五千円に対する昭和二十八年九月二十一日から昭和三十二年一月十七日まで日歩六銭の割合による損害金債権については、原告は、昭和三十二年二月四日発翌五日着の書面で、被告佐藤に対し、これをもつて原告が被告佐藤に負担する後記五万円の不当利得返還債務と相殺する旨の意思表示をした)。

次に、被告渡部は別紙目録の建物につき主文第四項通りの仮登記を経ている。

しかし、右仮登記は原告のための前記仮登記ののちにされたものであるから、原告が前記のとおり右建物につき所有権を取得し原告のための前記仮登記にもとづく本登記をすることができるものである以上、原告のために抹消されるべきである。

よつて被告渡部に対し、右仮登記の抹消登記手続を求める。

被告らの抗弁事実は、原告が被告佐藤から被告らのいうとおり三回に合計五万円の弁済を受けたことは認めるが、その余は否認する。右五万円は、原告が代物弁済として本件建物の所有権を収得した結果原告が不当利得したことになるので、原告は昭和三十二年二月五日被告佐藤に対し、前記貸金二十六万五千円に対する昭和二十八年九月二十一日から昭和三十二年一月十七日まで日歩六銭の割合による損害金債権をもつて被告佐藤の原告に対する右不当利得返還請求権と相殺する旨の意思表示をした。

本件建物の昭和二十五年六月十四日当時の価格は三十万円に足りないものであつた。

被告佐藤は終戦直後から各種物品のブローカー及び事件屋(または競売屋)をやり相当高度の法律知識をもつており、本件十万円は被告佐藤が右の事業の資金として借受けたものである。なお、被告佐藤は右十万円を借受けた当時前記事業から相当多額の収入を得ていた。

かようなわけで、本件十万円の消費貸借ができた当時、被告佐藤は無智でなかつたし、窮迫もしていなかつた。

被告らの民法九〇条を根拠とする抗弁は右のとおり理由がないし、その信義誠実の原則違反を理由とする抗弁もまたそれ自体理由がない。

かように述べ、立証として、甲第一、二号証、第三、四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一、二、第七号証、第八、九号証の各一、二、第十ないし第十四号証を提出し、証人田中五郎、小川信雄の各証言、被告本人尋問の結果を援用し、乙第三号証が真正にできたことを認めた。

被告ら訴訟代理人は原告の各請求を棄却する旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告の主張する昭和二十八年八月十二日の準消費貸借契約に関する事実については、被告佐藤が昭和二十八年八月十二日当時原告に対し原告主張の二十六万五千円の手形金償還義務を負つていたことは認めるが、昭和二十八年八月十二日に原告主張の準消費貸借契約が成立したという事実は否認する。

原告主張のその余の事実は本件建物の所有権が原告に帰属したという結論の点、したがつてまた被告佐藤の本件建物占有が不法であるという点を除いて認める。

本件建物の昭和二十五年六月十四日当時の時価は七十五万円以上であつた。この建物について、原告は、被告佐藤の無智窮迫に乗じて、十万円の債権に関し原告主張の代物弁済の予約をしたのである。したがつて、この契約は民法九〇条により無効である。

また被告佐藤は昭和二十五年六月十四日の借受金十万円に対し、昭和二十七年七月二十二日一万円、同年八月十六日一万円、同年十一月二十一日三万円計五万円を弁済した。一方本件建物の価格は、原告が代物弁済として所有権を取得する旨の意思表示をした昭和三十二年二月五日当時は、百万円以上に上つていた。かように五万円の債務について価格百万円以上の建物を代物弁済としてとるような権利行使は、信義誠実の原則に反して無効である。

いずれにしても原告は右建物の所有権を取得したわけではない。

原告の被告らに対する請求はすべて失当である。

かように述べ、立証として乙第三号証を提出し、証人足立酉三の証言、被告本人尋問の結果、鑑定人角崎正一の鑑定の結果を援用し、「甲第五号証、第八、第九号証の各一、二、第十四号証が真正にできたかどうかは知らない。甲第十号証が真正にできたことは否認する。ただし、同証中被告佐藤の氏名は被告佐藤の署名であり、その名下の印影は被告佐藤の印によるものである。その他の甲号各証が真正にできたことは認める。甲第三号証の一を援用する。」と述べた。

理由

信用金庫法による信用金庫である原告(もと野方信用組合)が昭和二十五年六月十四日被告佐藤に対し、金十万円を原告主張の約で貸与し、その担保として同被告所有の別紙目録の建物に抵当権の設定を受けるとともに、同被告との間に原告主張の代物弁済の予約をし、右につき原告主張の抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を経たことは、当事者間に争いがない。

この右代物弁済の予約は公序良俗に反するものであるかどうかについて判断する。

鑑定人角崎正一の鑑定の結果によると、本件建物の昭和二十五年六月十四日当時の売買価格は借地権があるものとして四十七万二千百七十円(内借地権の価格十五万七千百七十円)であることが認められる。

しかし、また、証人小川信雄の証言、被告佐藤本人尋問の結果を合せ考えると、次のとおり認めることができる。

終戦後、被告佐藤は、各種物品のブローカーをやり、金融のあつせん、仲介もやり、昭和二十五年頃にはかたわら建築請負業もやり、また法律紛争でなやんでいる者があると相談相手になつてやり、弁護士を紹介してやり、時々差押の手続などもしてやり、しばしば強制執行の立会もし、入江清士弁護士、小林忠雄弁護士とは特に親しくしていた。本件十万円は被告佐藤が、建築請負業の運転資金にするため借受けたものであり、当時被告佐藤は相当の収入があり、暮しにこまつているというようなことは全然なく、しかし事業資金はいくらあつても足りないという状態にあつた。

かように認めることができる。

すなわち、昭和二十五年六月当時、被告佐藤は、一般社会人としては、法律的分別を十分身につけている部類の人に属し、また金銭の面で窮迫しているという事情はなかつたのである。

財産を処分することは、一応各人の自由である。実価より安く処分することも、一応その自由である。無智、窮迫につけ込んで安く処分させたというような事情のない限りは、本件においては、法律的分別を身につけた被告佐藤が、金銭的に窮迫したという状態におかれることなく、全く自由な立場で、時価四十七万円ほど(借地権の価格十五万円ほどを含め)の建物を債務不履行の場合十万円の債務の代物弁済とすることを承諾したというのである。この契約をもつて公序良俗に反するとすることはできない。

被告らの民法九〇条を根拠とする抗弁は理由がない。

ところで、被告佐藤は被告ら主張のように三回に合計五万円を右債務の内へ弁済したが、履行猶予後のさいごの期日昭和二十八年九月十五日が過ぎても残元金五万円の債務の履行をしなかつたので、原告は、昭和三十二年二月四日発翌五日着の書面で、被告佐藤に対し、原告主張のとおり右建物を代物弁済として取得する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、右の権利行使は信義誠実の原則に違反する。と主張する。

なるほど、鑑定人角崎正一の鑑定の結果によると、右建物の価格は昭和三十二年二月五日当時百三十二万二千百十円(内借地権の価格が九十万八千百十円)になつていたことを認めることができ、当時の債務残額が、五万円になつていたことも前記のとおりである。

しかし、債務額が例えば最初の額の一割にも足りぬ少額に減つたというような場合であれば問題はしばらく別であるが、債務がなお半額も残つているような場合には、代物弁済完結の意思表示をしたことをもつて直ちに信義誠実の原則に反するものとすることはできない。もつとも、本件においては代物弁済完結の意思表示をした当時建物が相当値上りしてはいたが、それは被告佐藤が債務の履行を怠つている間に起つたことであり、しかも原告は被告佐藤のため昭和二十八年九月十五日まで債務の履行を猶予してやつたのである。このいきさつに照して考えると、原告の権利行使を目して信義誠実の原則に反するとする理由は薄弱である。

被告らの右抗弁も採用することができない。

してみると、昭和三十二年二月五日、右建物につき代物弁済の効果が生じ、右建物の所有権は原告に移転したものといわなければならない。

しかるに、被告佐藤はその後も右建物を占有していることは当事者間に争いがないから、同被告は、原告の右建物所有権を侵害し、原告に対し相当賃料額の割合による損害を与えているものといわなければならない。右建物の昭和三十二年二月当時の停止統制賃料額が一カ月金二千四百四十三円であることは当事者間に争いがないから、被告佐藤は建物所有権者である原告に対し、右建物を明渡すとともに、昭和三十二年二月十六日から右明渡ずみに至るまで一カ月金二千四百四十三円の割合による損害金を支払わなければならない。

前記のとおり、本件建物の所有権は昭和三十二年二月五日原告に移転したのであるから、被告佐藤は原告に対し本件建物につき右代物弁済による所有権移転登記(前記仮登記に基くもの)をしなければならない。

ところで、本件建物につき被告渡部のため原告主張の仮登記がされてあることは、原告と被告渡部との間に争いがない。

この被告渡部のための仮登記は原告のための前記仮登記のあとで行われたのであるから、原告が前記のとおり右建物につき所有権を取得し原告のための前記仮登記にもとづく本登記をすることができるものである以上(原告のための仮登記の順位保全の効力によつて、)原告のため抹消をまぬかれない。

さいごに、昭和二十八年八月十二日の準消費賃借契約に基く原告の請求について。

被告佐藤が昭和二十八年八月十二日当時原告に対し、原告主張の二十六万五千円の手形金償還義務を負つていたことは、被告佐藤の争わぬところであり、甲第五号証、第九号証の一、二(以上証人田中五郎の証言によつて真正にできたと認められる)、甲第三号証の一、二、第六号証の一、二、第十三号証(以上真正にできたことに争いがない)と証人田中五郎の証言とを合せ考えると、右手形金償還義務について、昭和二十八年八月十二日原告と被告佐藤との間に、原告主張の準消費貸借契約ができたことが認められる。

被告佐藤本人の供述のうちこの認定に反する部分は採用することができない。

してみると、被告佐藤は原告に対し、右借受金二十六万五千円と、これに対する原告の請求する昭和三十二年一月十八日から完済に至るまで百円につき一日六銭の割合による損害金を支払う義務を負うものといわなければならない。

よつて原告の請求をすべて認容し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条一項但書によつてその負担を定め、仮執行の宣言は同法一九六条により主文第三項に限りこれをつけることにする。ただし、主文第二項につき仮執行の宣言をつけることは相当でないと認められるから、これをつけないことにする。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

目録

東京都中野区新井町五八八番の一

家屋番号同町一七一一番

一、木造瓦葺平家建住家 一棟

建坪 二十八坪

同所在付属

一、木造トタン葺平屋建物置 一棟

建坪 二坪

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